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「悔しさ」と「感謝の気持ち」を合わせること①

「悔しさ」と「感謝の気持ち」を合わせること①

ミキ・テソンからご紹介に預かりました上野禎敦です。




最近ハマっていることは、みきてぃと一緒に電車に乗り合わせた時の別れ際「じゃあねテソン」と言って、車内の人たちに「あ、こいつ実は外人さんなんだ。確かによくみたら・・・」と波紋を広げることです。  分かりづらくてごめんなさい。早速ブログ始めます。  とはいえ、自分の番に回ってきたら何を書こうかずっと考えてきましたが、イマイチまとまらなかったので時系列で自分の4年間を振り返り、その中で自分が学んだことを徒然なるままに書こうかと思います。

長くなってしまうかと思いますが、僕のことが嫌いな山田峻大君以外は最後までお付き合い下さい。  峻大お疲れ!!  では。  1年生。僕がラクロスと出会ったのは新歓でした。(え!そこから!?って思った峻大は早く出て行って下さい。)すいません続けます。  コミュニケーション能力が著しく低い僕は、入学してすぐに友達が出来る訳でもなく、一人で校舎を歩いていました。そんな時、クロスを片手にイケメンの先輩が話しかけてくれました。「このスポーツなんだか知ってる?」「クリケットですか?」  それが僕とラクロスの出会いでした。その場で新歓イベントに参加することが決定し、後日渋谷に1人で向かうことに。  そしてそこで見た新歓PVに感動し、体験会へ。体験会では、既に体験会に参加していた人たちが華麗にクレイドルしてドヤ顔しているのが無性に悔しく、その場で何故か入部を決意しました。  それ以外にも先輩方の雰囲気や人柄に惹かれたというのも大きかったですが、その「悔しさ」が入部を決意させたことを今でも覚えています。  動機が不純だったせいか、1年生の頃は全くうだつが上がりませんでした。「何で大学入ってこんなことしてんだろう。」誰もが考えるであろう悩みを、僕も抱えていました。  何となく頑張る。  今考えれば、そんな1年間でした。  サマー、ウィンターも惨敗し「こんなんじゃダメだ」と思いつつも、何となく頑張れない自分。そして何となくロングを持ち、何となくロンミというポジションを選びました。  「何とかなるだろう」と、心の奥底でそう思っていました。  転機は2年生の夏に起きました。Bチームへの降格。  今思えば何となく頑張っていた自分も、当時は「頑張っているつもり」でした。自然と悔し涙が流れてきました。  そんな男泣きをしている僕に喧嘩をふっかけてきた黒田をぶん殴ったのも今となっては良い思い出です。  とにかく、ここで僕の大学生活は変わりました。というか大袈裟に言えば、人生が変わりました。  小学校時代に調子に乗った反動で、努力をし切れず中学・高校時代は悔しい思いをしたのにも関わらず、懲りずに大学でも悔しい思いをしなければならないのか!  「目の前のことに全力で取り組めない奴はダサい」そう思ってからは、なりふり構わず努力をしてきたつもりです。  目をそらし続けてきた弱点克服、具体的には筋トレ、1on1に取り組みました。筋トレではアメフト部やラグビー部が悠々と重い重量を上げるなか、軽い重量で変な声を出し、同期の塚やけんこばに恥ずかしい思いをさせました。この場を借りて謝罪させて下さい。  また、1on1では疲れ切っている先輩方を捕まえて、何度も何度も練習に付き合ってもらいました。「今のはどうでしたか」とそんなに変わってないもないのにしつこく質問したこと。それをビデオに撮ってもらい、何度も上手い選手との比較検証を行ったこと。私生活でも通りすがりの人との間合いを測っていたこと。生活の中心が「どうやって1on1を止めるか」になりました。  この時の僕は相当キモかったと思います。それでも、そこで頑張り切れない自分の方がキモいと思って毎日何とか生き長らえていました。  すると不思議とチャンスが巡ってきました。  時間は前後しますが1年生の頃「常勝軍団」を掲げていた青学は二部からぶっちぎりで一部へ昇格。2年生の頃、戦う舞台は一部でした。リーグ戦4戦目vs獨協戦。  その時点でチーム目標であったファイナル4の可能性はなくなり、一部残留に向けてチームは始動していました。そこでロンミの先輩が怪我をしたのです。  無我夢中でした。先輩方のおかげで試合は優勢に進んでいましたが、4Q自分の1on1から失点。そこから立て続けに失点し、自分のせいで負けるかと本気で思いました。  しかし、何とか逃げ切りリーグ戦初勝利。「自分のせいで負けなかった」という安堵感から泣きました。思えばこの4年間泣いてばっかりです。  その後の5戦目は塚が書いていたので書きません。例に漏れず、僕は人生で初めて嬉し涙を流しました。あの時のことを思い出すと、今でも全身が震えるような感覚が蘇ってきます。  一部という舞台で戦わせてもらい、得たものがとても大きかった1年間でした。  そして3年生。  昨年度の1年間は、全てあの1試合に集約されています。  入れ替え戦vs立教戦。  個人としての不甲斐なさ、学年としての情けなさを強く感じさせられました。紛れもなく一部から二部へ降格させたのは当時の3年生、つまり自分たちの学年の責任だと思っています。  リーグ戦を通して日比さん、大丁さん、秦さん、庄太郎さんの4人に頼りっぱなしでした。もっと言えば、新チームになった時から4年生の存在に甘え、頼ってばかりだったのかもしれません。  足がボロボロになりながらもオフェンスに参加する庄太郎さん。相手がすぐにスライドをとばしてきても1on1を掛け続けなければいけない秦さん。めちゃくちゃに叩かれても点を取る大丁さん。  そして、日比さんが試合後に言った言葉が今でもずっと忘れられません。「俺がキャプテンでごめんね。」  自分達がいかにそれまで恵まれた環境でラクロスをさせてもらっていたのかを痛感しました。二部降格の瞬間。  あの時の気持ちもまた、「悔しさ」。  そして現在4年生の10月。今の僕を駆り立てるのは、色んな時の色んな「悔しさ」があるからだと思います。  そして本当に恥ずかしながらですが、4年生になってその「悔しさ」と同じ位、僕を駆り立てる気持ちがあります。「感謝の気持ち」です。  いまのチームになってから僕はDFリーダーを務めさせて頂いています。僕には身に余る役職ですが、それでも何とかここまでやってこれたのは周りにいる仲間や、見えないところで応援して支援して下さっているOBの方々、学校の職員の方々、部長先生。そして一人ひとりを支えている家族。土日の休日を割いて指導して下さっているコーチ陣。  もう数え切れない人に支えれていると考えると、ラクロスを頑張らずにはいれません。  新チームが始まり、DF目標を「奪いどころで確実にボールダウンを誘発でき、アグレッシブにオフェンスに参加する。」と設定しました。何と抽象的なのか。それでも今確実にその目標に近づきつつある手応えがあります。  それは、DF陣全員でつくってきたからだと思います。そして何よりヌーさんのおかげであることは間違いありません。  ヌーさんを含めたDF陣全員に感謝しています。