やましゅんから紹介してもらった首領クリークこと四年マネージャー小早川由紀です。
首領クリークが何のことかわからなくて調べました。
いっつも、
うるさい、
お前やばいよ、
日本語おかしい、
メンタル強いな、って
言われます。
きっとそんな意味をこめられたのでしょう。
このブログも読みにくい点あるかもしれませんが最後まで読んでもらえたら嬉しいです。
ラクロス部マネージャーとして過ごしてきた四年間について振り返ろうと思います。
マネージャーの仕事は小さいことの積み重ねです。
私は特に容量が悪くミスが目立ち、誰よりも色んな人に怒られてきました。外周の走る周回のカウントが違ったり、アップメニューすら間違えたり、ブレイク練では準備が出来てないのに笛をふいてしまったり、審判ではミスジャッジをしたり、、、
怒られることが多い私はよく選手に凄いメンタルだよね、俺だったら続けられないわなど…言われます。
想像以上に大変なマネージャーを始めたことを後悔したことはありましたが、辞めたいと思ったことは一度もありません。負けず嫌いな性格とポジティブさでどんな状態でもまた頑張ろうと思う気持ちへと変えてきました。
また頑張ろうと思うエネルギーは自分のためから選手のために!と変わった経緯を書こうと思います。
1年目は自己顕示欲が人の何倍も強く、選手のためというよりも自分がどうしたら認められるかということばかり考えてました。
最初マネージャーというポジションは朝大きな声で挨拶したら朝からうるさいと言われ、一年生の合宿では、お風呂は男女両方男子風呂になりマネージャーが使える時間は指定され、自分がご飯を食べてるのにアイシングをして、20分経てばアイシングを選手の元に外しにいき、ゴミはぽいっと渡され、選手のタイミングでペアストして、マネージャーって本当に雑用じゃん!と思いました。一年生の合宿中想像以上に地味で辛いマネージャー業について後悔ばかりしてました。
本当にマネージャーをしてる自分に何度も後悔しました。
四年間この仕事で終わるのかぁと思いました。
マネージャーが頑張ってるってなんなんだろ?
別に試合に出るわけでもスタメン争いをするわけでもなく、ただ選手のわがままを聞いて動くだけじゃん。って捻くれたこともあります。
4年目の今
ここまで続けてきた
1番の理由は
【このチームが勝ってほしいから。】
と思ってる自分がいました。
そんな簡単にここまで気持ちが高まったわけではありません。
2年生で初めてボックスに入り上級生の試合のサポートに務めました。
しかし入れ替え戦で立教に負け2部降格。
私はその時ビデオでした。
目の前で喜ぶ立教マネージャー。
〝2部に落ちる…。〟
その時まだ実感はなかったですが、マネージャーの先輩が引退され私たちが3年でトップマネージャーとなり2部リーグが始まった3年。
2部なんだとジワジワ実感しましたし、何より入れ替え戦で負けた成蹊戦。本当に悔しかったです。本当に本当にまた来年も2部なんだ…と涙が溢れました。
自己満なことをしていても
勝ちには繋がらないし、
勝たなければ意味はないんだと思った一年でした。
【勝ちたい】
と思う気持ちははきっと誰もが思っていると思います。
しかし願うだけでは勝利に繋がりません。
選手が勝利するためのサポートをすることが私たちマネージャーの仕事だと思っています。
こんな偉そうに言ってますが
テーピングが上手なわけでもなく、
審判もペーパーで同期マネージャーに比べこれといって大きな技術力をもって武器になる力もない私が偉そうに言えませんが、少しでもどんな小さなことでもサポートしたい気持ちは強くあります。私の武器は小さなことも何でもやることだと思ってます。
毎朝選手が寝坊して練習時間量が減らないためにも指定時間に起きてるか確認することから始まり、朝忘れてしまわないために氷当番に連絡をして、毎朝早く行って準備をして七時からの練習に支障がないようにすること、少しでも多くのボールを使って練習して欲しいから練習終わりにボール拾い、ボールバックをする、
ボールに関してはうるさいくらい言ってますので、ウザがられてるのだろうと思うのですが、シュー練、6.6などすぐにボールが出せなくては時間ロスしてしまい限られた練習時間も減り勝利に繋がらないと考えるからです。またボール班が毎回買いに行く時間を少しでも減らせたら体のケアや筋トレに時間を割けると思うからです。
アフターで遠くまで飛んで行ったボールを拾う時間があるのならば、私が拾いに行けば選手はもう一本シュー練できると考えるからです。
暑い中アフターをやってる選手が少しでも長い時間出来るよう氷水やポカリを用意すればもっと練習が出来て良いプレーを生むと考えるからです。のりさん程カメラワークはないですがサマー、練習試合、合宿で撮った写真をアイコンにしてくれる選手を見ると写真を通じてほんの少しでもモチベーション上げてくれるのならまた頑張ろうと思えるからです。
選手が一秒でも多くラクロスに使う時間が増えるなら私は動こうと思ってきました。
日々の練習を通して私は一つ一つの行動に意味を考えて動くよう心がけてきました。
私は、周りから雑用と思われようとも青学が勝つためならやります。
話は変わりますが
リーグ戦前に慧くんと電話したことがあります。
⚫︎選手がミスに対して意識して動くこと
⚫︎マネージャーの仕事
と比較した時
10:0で選手のミスへの意識が圧倒的に大切だと言われました。
マネージャーの仕事ってそんなちっぽけなの?と内心悔しさと悲しさとでいっぱいになりました。
最後に慧君はマネージャーの力は目に見えないけどなくてはならないものと言っていました。
私はたとえマネージャーの仕事が0でも
選手がラクロスに集中出来るように!泥臭く仕事をする大切さを再実感しました。
少しでも選手の為になるならば、求められるなら、私はやろうと思います。動かなければ意味がないと思うからです。
私は不器用でそそっかしく空気も読めず今まで色んな選手やマネージャーに迷惑をかけてきました。
サポートするどころか迷惑をかけることも多い私は人より動き、よく考えて動かなければいけないと思っています。
こんな私と一緒に仕事をしてくれる同期、後輩マネージャー、辛いことも嬉しいことも何でも相談出来る大切な存在です。
特に同期マネージャーとはいろいろありましたね。
何度喧嘩をして言い争ったか数え切れません笑 こんな私たち四年の不仲時代を一緒に過ごした三年マネージャーは大変迷惑をかけましたね…今では同期五人と言えるくらい何でも言い合える関係になって私は本当に今が楽しいです!
沙耶と祐里はちょっとここではまとめきれないですが、一言で言えば【25thマネージャーで良かった】と胸を張って言えるということです。暑くても寒くても選手のために!勝つために頑張ろう!と奮い立たせてくれたのは二人の頑張りを側で見てるからです。
色々あったけど私はこの代のマネージャーだから頑張れたのだと思ってます。本当に感謝してます。
三年生はとても頼もしく、時に厳しくまとめて言えること、先を読んで行動してくれること、細かい気遣いでミスを減らしてくれること、マネージャーの悩みを陰でサポートできること、何でも話を聞いてくれて、笑わせてくれて、本当に二人は同期のような存在です。
ニ年生はこの一年すごく頼もし色々存在になりました。一年生の練習と上級生の練習を行ったり来たりして大変な中、備品管理、玲子ちゃんのサポート、先をみて動いてくれてとても助かります。ビデオは1番撮ることが多い分たくさんYouTubeで何度も見て反省して次へ繋げる姿を見て私ももっと頑張らなければ!といつも見てて思います。
玲子ちゃんは同期のマネージャーがいない中一生懸命目の前の仕事に取り組み、芯が強いなと思います。先輩マネージャーの中でも自然と溶け込み玲子ちゃんはマネージャーの中のアイドルです。どんな仕事も一生懸命やり切る姿はわたしも四年だからといって忘れてはいけないし、大切なことだと気付かされます。
私は
最上級生なマネージャーだからこそ誰よりも動かなければいけないし、後輩の力を伸ばすために一歩引いた仕事をすることも大切ですし、決して広くはない視野ですがやれることは手を抜かず全力でやる!という気持ちでマネージャーをしてきました。
1%でも勝利に繋がるサポートをして、勝った瞬間を一緒に喜べるなら私はそれだけで大変だったことも辛かったことも吹っ飛ぶくらい大きな喜びに変えられます。
もうマネージャーの自分に後悔する気持ちはありません。
選手が勝ちに繋がる仕事を考え、動き、勝つために最後まで私はやり続けます。
今年こそ1部に!
全員で1部に!
勝ってみんなで喜ぶ瞬間のために!
拙い文章ですが最後まで読んで頂きありがとうございます。
次は合宿中も研究室と両立してしまうストイックなフジ君です。

