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【完治】 2年杉沼陽向

【完治】 2年杉沼陽向

まず初めに、平素より青学男子ラクロス部を応援してくださっているOB、保護者の皆様ありがとうございます。

今後とも応援よろしくお願いします。

今年も始まりました。

リーグ戦ブログ。

栄えある、トップバッターを任されました

未だ他大にスカウティングされていない38期裏エースこと杉沼陽向です。

特に理由はないのですが最近の好きな言葉は、

「渡りに船」です。一応ですが書いておきました。

まずは1年生の皆

サマー決勝トーナメント出場おめでとう。

恵介さんも言っていたように、今やっと「スタートライン」に立った状態。

慢心が一番の敵。

目の前の1試合、そこにどれだけ集中できるか。

それを繰り返して行った先に優勝もあると思う。

勝ちがチラついても手を緩めるな。

負けがチラついても諦めるな。

やることしっかりやる。これが大事。

頑張れ!

そんなこんなで、僕が何を書くかみんなはお気づきだと思うが、やはり書くのは僕のMy shoulderちゃんたちについてだ。

練習中に僕の周りに円ができた、あの怪我の日からのことを書いた。

(肩Big3)

僕は今年両肩を手術した。

急だった。

新人戦の全国大会であるあかつき杯の1週間前に、僕は練習で完全脱臼した。

(この文字を見るだけで今は怖い。)

昔から肩が緩くて、サッカーをやっていた時期も亜脱臼という形で何度か現れていた不安が、そこで一気に襲いかかってきた。

たぶんTOKYO MERの喜多見チーフが現場にいたら、赤タグをつけてすぐに救急搬送してただろう。

(だよね?ジャル。)

病院に救急車で運ばれている間も肩は外れたままで、病院についてもなお、着ていた服や防具を取り外すのに時間がかかり、医者に肩をはめてもらうのに時間がかかった。

信じられない痛みと、あかつき杯への不安が込み上げてきて泣きそうになった。

(正直、気絶レベル)

そして案の定、手術をしなければいけなくなった。

ウィンター優勝して、みんなで掴んだ全国大会に万全の状態で出ることは不可能になった。

マジで終わったと思った。

(この時はまだもう片方の肩も手術するとは知らなかった。)

医者には「もう手術するし、再発しても関係ないからプレーしてもいいよ」と言われたがあの痛みと不安がまた襲ってきそうで畏縮した。

ただ、他のみんなもどこかしら怪我をしていてほぼ全員がテーピングを巻いていた中で自分がプレーすることを諦めることはできなかった。

僕はだいぶ楽観主義なので、別に平気っしょ。のスタンスでやることにした。

そこからは、一旦あかつき杯までの練習や試合は全部見学して、ある程度まで肩の炎症が治るまで待った。

でも結局あかつき杯当日は肩に装具をつけて行くことになった。

新幹線に乗って岡山県に行って全国から来た奴らと戦うって思ったらウズウズした。

その気持ちとは裏腹に肩は痛かった。

そして1日目全ての試合を見学した。

当然の結果だった。

みんながアップして試合でてプレーしているのを見て、「なんで自分がここにいないんだ。」と、自分が情けなくなった。悔しかった。

学芸のまさやに「顔死んでない?」と言われた。

図星だった。

普通に全国大会にきてるウキウキで、みんながプレーをしていて自分が見学していること以外はつらくはなかった。

ただ、出たいってずっと思っていた。

そのおかげなのか、えいしくんから借りた装具のおかげか、2日目になって1日目にあった痛みがかなり消えた。

これなら出れるかもって思った。

とりあえずアップに混ざった。

アップでショットを打つたびに肩がメキメキした感じがした。

また畏縮した。

でも、みんなのおかげで決勝トーナメントに行けた。そこからテーピングをぐるぐる巻きにして試合に出させてもらった。

万全の状態で全開でプレーできるわけじゃなかった。ただ、みんなも同じだった。

TRの涼帆が頑張って全員分のテーピングを巻いてくれてギリギリでプレーすることができていた。

その場で戦えたことがただ単にありがたかった。

思い通りにプレーできなかったけどみんなのおかげで決勝に行くことができた。

嬉しかったのは、決勝の舞台でもプレーすることができたこと。

スタンドにいる人が応援しているのを見てやる気が湧いた。

勝つこともできた。

新人戦だけど日本一になることができた。

嬉しかった。

(てか、日本一ってすごくね?)

喜びも束の間、帰宅後、手術日が決まり、もう片方の肩も手術しないといけないと知り、プレーできない日々が続いた。

左は摩耗型脱臼。右は骨折型脱臼。

こんな悲惨なことになるとは思わなかった。

不安だった。

手術もすごく怖かった。

手術前夜は怖くて全然眠れなくて当時ハマっていたLANAのNO.5を聞いて耐え忍んだ。

手術は両肩一気にやるわけにはいかないから時期をずらして片方ずつ。肩につけないといけない装具もストレスが半端じゃなかった。

でもまたプレーしたいっていう気持ちがあった。

リーグ戦で大活躍したいという気持ちがあった。

誰かの言葉を借りるなら、ゴールが決まる瞬間に自分の世界だけ時が止まるようなあの感覚が忘れられなかった。

そしてラクロスを辞めようとしていたあの一年の夏より遥かにラクロスへの気持ちが大きくなっていることに気づいた。

それでなんとか耐えられた。

術後は着替えも1人でろくにできないようになった。

(着替え手伝ってくれた人ありがとうございます。)

髪を乾かすのも、飯を食べるのも、満員電車に乗ることも、寝返りを打つことも、全て困難になった。

日に日に、細くなって行く上半身を見てガン萎えした。日々成長していくみんなの筋肉と自分の衰えた体を見て絶望した。

でも止まってたら自分がどんどん弱く、情けなくなりそうで、できる範囲でやれることをやった。

今年からトレーナーとして来てくれた丸山さんが肩について詳しくて、病院も紹介してくれて、いいリハビリを受けさせてくれて本当に感謝している。

まさに「渡りに船」だった。

自分より先に肩の手術をしていた瑛士くんがリハビリの中でよくなっていくのを見て、自分も大丈夫だと希望を持てた。また、脚トレにもやる気が持てた。

でもやっぱり、上級練にはいってプレーしている同期のみんなを見て悔しくなった。

パスキャもショットもできないのは苦しかった。

そして、同期での最後の大会あすなろカップがあった。

術後で出れるはずもなく、自分はほぼスタッフとしてBOXに立った。敵も味方もみんなウィンターや、あかつき杯よりも確実に上手くなっていた。

結果は惜しくも2位。

ウィンター優勝、あかつき優勝、あすなろ2位、はたから見たらかなりいい戦績だと思う。

でも、未だに決勝でBOXから見たあの光景が忘れられない。

ウィンター同様、ssdf3枚で戦いながら無失点で決勝まで来たDF陣。

怪我して思うように動けない中もがき続ける空来。

果敢にゴールに迫るかん、はる、学芸の皆。

応援に来てくれた上級、下級生。

全員、勝ちに向かってた。

その日で1番熱い試合だった。

試合終了と同時に聞こえてきた早稲田の叫び声。

負けたんだ。と思った。

悔しかった。

でもそこに自分はいないような気がした。

俺が出てたら試合は変わってたのかな。

そう思ったけど、多分そんなことはない。

みんなもそう言うはず。

そう思う自分も、そう思われるであろう自分も嫌だった。

何もできないもどかしさがあった。

また、自分が情けなかった。

そんな自分を強くするためにいろんなトレーニングをしようとした。

でも2.3ヶ月は制限がありすぎて満足するものができなかった。

走れもしない、ジャンプもできない、重い物も持てない、出来ることと言えば脚トレと柔い腹筋。

練習にクロスさえも持っていけない日々。

今思えば短いようですごく長かった。

頭もそんなに良くないし仕事効率もあんまな自分は、プレーでチームに貢献したいと思っていたのにそれができない現状。

練習を見るたびにすぐ復帰してもっと上手くなりたいと思った。

でも肩は徐々に治っていくもので急に、はいできますよ。というふうにはならなかった。

脚トレ用に買ったチューブは何本もちぎれた。

出来るリハビリも少ない自分が練習に行く意味がわからなくなった時もあった。

プレーしてる奴が偉いんじゃなくてプレーができるありがたみを知った。

ネタか本気か、「なんで来てるの」と言われた時もあった。

屈辱的だった。

それでも地道にやっていくしかなかった。

何もしなければ、練習に行かなければ、自分が腐って行きそうで怖かった。

メンタルブレイクなんて何回もした。

しすぎて麻痺って一周まわってた。

みんながプレーしてる傍めっちゃ地味なリハビリをした。

絶対見返してやると思った。

でもその自分への羞恥心が、怒りが、今も続いている長いリハビリ期間の原動力であったのは事実。

この気持ちを忘れるわけには行かない。

楽しいことだけじゃない。

辛いことを、この怪我を、経験してるからこそ得れたこの想いを。

復帰して活躍するために。

(リハビリするボス)

少し話は変わるが、最近大事なことに気づかされた言葉がある。

これはある漫画で、主人公でもない名脇役でもない

さほど出てこない奴が言っていた言葉。

「僕はね、あらゆる要素が下振れした時に出る最低限の結果、それを『実力』って呼んでる。」

ハッとさせられた。

「今日は体調が悪かった」

「準備の時間が足りなかった」

「思ったより緊張してしまった」

こんな言葉今まで生きてきて、何度も言ってたし聞いたりしてきた。

でも、環境が悪くても、緊張してても、準備が悪くてもどこまで最低限のパフォーマンスを維持できるか。その『底力』こそが『実力』なんだと思う。

正直、本人も理由もわからないまま毎回上振れの奴もいるから上振れも実力だとは思う。

ただ、上振れでたまたま上手く行ったこと、都合のいい条件の時にだけ輝くモノに酔わないこと。

やるべきは、底力を鍛えることと自分を都合のいい条件に持っていく準備。

実力とは、いつでもどこでも、誰が見ようと見てまいと、自分を裏切らない力。

そんなことを学んだ。

そして結局1番大事なのは「楽しむこと」だと思ってる。

楽しんでやっていたのが後になって周りから努力してるじゃん、めっちゃ成長してるじゃんってなる。

それが1番いい。

でも今、自分はだいぶ下振れの状況にいる。

メンタルなんてだだ下がり。

でもそこで何か楽しみを見つける。

「楽しみ方」を見つける。

そうしてきた。つもり、、、

ただ、やらないといけないことを

なおざりにはしちゃいけない。

今、やるべきことは実力を伸ばすための大きな土台を作ること。

最近の自分は、その土台を作れているのか。

明日また全開で動けるリカバリーをしているのか。

体を大きくする、回復するための食事をしっかり摂っているのか。

肩のリハビリを毎日やっているのか。

「今日はやり切った」って寝床に入れてるのか。

練習をしていない自分をどこまで追い込めているのか。

疑問が残る。

だからこそもう一回立て直して、裏切らない知識とフィジカルをこの間にできるだけ伸ばしたい。

自分がプレーできてない間にみんなが努力した時間をもう一度繰り返すことはできない。

今では38期でラクロス歴が1番短くなってしまったかもしれない。

でもこの怪我の期間があったからこそ今最高のプレーができると未来の自分に言わせるために、言ってもらうために、今できることをやり続けるしかないと思っている。

支えてくれた人や、家族にプレーで恩返しできるように。

自分のプレーが良ければ良かった怪我する前の自分じゃなくて、チームを勝利に導いて恩返しできるような選手になるために。

今期のリーグ戦中に復帰できるかは絶望的だ。

一部入れ替え戦に行けば、もしかしたら復帰が間に合うかもしれない。

でも諦めるつもりはない。

ブランクをもろともしない強さを

センスだけとは言わせない努力を

いずれある自分の出番に最高の準備を

虎視眈々と積み上げていきたい。

前半は終わり。

後半バケモノになるから任せろ。

(強くなろう)

長くてネチネチした文章を最後まで読んでくださりありがとうございます。

次は、我らがけんいちこと、38期最強のデコイであり、唯一のFO島崎平良です。

彼は合宿で毎日1番最初に寝てました。

それもスマホを手に持ちながら。

とても疲れていたんでしょう。

(弟子と師匠)