むらかみまさたろうから回ってきました。
彼は部活で斜に構えてると言われていました。
しかし入部したての頃、お泊まりした時に寝ながら手を揺さぶりクレードルの練習をしている純粋なまさを目にしました。
最初から斜に構えてなんてなかったよな。
ブログからも伝わってきたよ。
(この前の電話、この顔された直後に切られた)
伏見アシュリー今日子の兄、伏見優太郎です。
弟と妹はミドルネームがあります。
自分だけありません。
命名待ってます。
ラクロス部で想いを文面にする貴重な機会が4回もありましたが、自分の日本語力が上達することはありませんでした。
そんな自分のブログもこれでラストなので最後にもう一度だけ自分の文章に付き合っていただけたら嬉しいです。

(歳をとる度に若返るJ)↑高2
今日は入院5日目、
自分は両膝の前十字を切り、左のボルトを抜き右の靭帯を再建した。
ラクロス人生において両膝をやったやつは中々いないと思うので、
やっぱりこのお題で行かせていただきます。
身も心もボロボロだが、
自分はなぜここまで部活を続けてこられたのか。
以前思っていたのは、
リーグ戦で点を決めたかったから。
これは去年のブログの目標でも書いた。
自分は
しばいてくるディフェンスを抜けてシュートが決まるあの時間が止まったかのような瞬間が大好きだ。
たとえ練習のろくろくでもショットを決めた時は嬉しくて
メットの中でニコニコと喜びに浸っていた。
今年のシーズンが始まりチームの目標は日本一と決め、もちろん日本一を意識して日々取り組んでいた。
それでも個人的には今まで出られなかったリーグ戦というロマン溢れる舞台で得点し会場を沸かしたいという思いもあった。

(33期の恩師しろたつさんが着ていたユニ、読んでますか、流石に会いたいです)
この4年間の辛いこと悔しいことは全てその最高の瞬間をリーグ戦で味わうために頑張ってきた。
振り返ると、
1年目は授業の関係で週末しか練習に参加できず、
壁当てを頑張ってはいたものの個人技やラクロスIQの面で周りに置いていかれ、
2年目は授業がなくなり急に週5に増えた練習に体力が追いつかず何度も体調を崩した。
また、1年でできた同期との差は大きく育成リーグも出れないほど自分の実力は低かった。
3年目、やっと実力を発揮し試合でも活躍でき始めた時、左膝の前十字を切った。
なんとしても出たかったリーグ戦への思いを押し殺して
リハビリ、育成、応援に励んだ。
4年目、怪我を乗り越えて練習復帰
FOからのスタートだったが、徐々にMDに復帰した。1年ぶりにプレーした割にはパフォーマンスはそこまで悪くなかった。
そして二度と怪我をしないよう膝の調子が悪かったり疲労が溜まっていたら正直にTRに相談して別メニューをこなし、
ストレッチも毎日欠かさずやってから寝た。
自分はリーグ戦に関して誰よりもこだわりがあった。
その舞台で点を取るという一瞬のためできることを全力でやっていたと思っていた。
それでも右足で同じ怪我をしてしまった。
もうリーグ戦での得点を原動力に部活に取り組めなくなり、
日本一を達成するためにもう一段階基準あげてこうってタイミングに申し訳なかった。
残念だ、かわいそうなど色々言ってもらえたがその通りで本当にきつかった。
怪我をしたっていう事実を無視していないと辛すぎて部活に行けない。
油断するとすぐ涙が出てきた。
そして
究極の2択を迫られた。
今後の人生において膝に影響が出ること覚悟で試合に出るか、
ラストシーズン選手としてプレーすることを諦めて、膝のリスクを無くすか。
究極の2択なんて友達と喋る分には良いが
実際に自分のことになると頭がごちゃごちゃになり、考えたくもない怪我に嫌でも向き合わなければならなかった。
そんな時色んな人が助けてくれた。
どちらを選んでも後悔が残る。
ここで選んだ選択によって自分を嫌いにならないために、とにかく考えること、選択に明確な理由を持つこと。
一瞬でも自分の今後に向き合ってくれた同期、
人生という広い視点でのアドバイスをくれたコーチの方々、心配してくれた後輩たち
本当にありがとうございます。
結局自分が選んだのは後者だった。
やっぱり自分の足の状態で全力ドロップなんてできないしDFのプッシュになんて耐えられる気がしなかった。
あとはシンプルこの先の人生があまりにも長すぎるため、
悔しくて、悔しすぎたが
プレーヤーを諦めた。
その後
わがままではあったがリーグ戦のボックスに入れてもらえないかと幹部と相談した。
プレーできない自分が他の選手よりも存在感を出すことは簡単なことではないという心配がよぎった。
しかし検討してくれた結果、
伏見の声があった方が勝ちに近づけると言ってくれて、
その時には4年間が報われた気がした。
それと同時にこの信頼を裏切らないためにも日々頑張らなければと強く思えた。
この時に初めて立ち直れた気がする。
本当にありがとう

(今じゃ信じられないぜ)
そして話は戻るが、
今は何のために部活を続けているのか。
ここまでかなりネガティブなことを書いてしまったが、自分にはまだ希望はある。
やっぱり誰もが挫折を感じるラクロスにおいて
原動力となる希望的な要素をしっかり持つべきだなと思う。
オレンジ色の派手クロスを使いこなしたいやつ、
憧れの人物に向かって進むroad to 〇〇を目指すやつ、
まじで素晴らしいと思う。
今の原動力は
4年間の自分を表現して、勝ちたい。
ラクロス部で4年間努力してきた者にしかわからない最後の感情はどんなものなのか。
おそらく自分じゃ言語化できない感情なんだろうけど、
知りたいし味わいたい、そして何より勝ちたい。
そして未来の日本一に貢献したい。
このチームでは文化が継がれることを身にしみて感じた。
4年間それぞれの色を持った学年が引退していったが、いい文化は後輩たちがしっかりと自分のものにしてくれる。
ラスト1戦勝つために自分は声を出し続け、チームを鼓舞する姿を遺したい。
こんなボロボロなやつでもチームで役割を探して全うする姿を残し、少しでもモチベーションになったり、挫折を感じている人の力になれたらなと思う。
これが未来のXdayに繋がると信じて、
そしてその日を迎える青学ラクロス部を見て今度は別の涙を流せるように、
これらを徹底的に追い求め、那須組が終わるまでの日々を過ごしていく。
がんばろう
#2 伏見 優太郎

最後にメッセージを送ります
なるみ おーくら
バスケ部とラクロス部どっちが良かったかな
宮川先生、過去の先輩方がつもりはつもらないと語りかけてきてるわ
7年間一緒に部活できて楽しかった
これからも頑張れ
なおき
まずはいつも車ありがとう
今年の活躍から確実に「怪我から乗り越えた人しか与えられない感動」を届けてると思う
また大きな怪我をしないこと、心から願っている
しょうもん
応援時代、来年はお互いボックスで活躍しようて約束したよな
それが実現してまじで嬉しかった
いい試合はボックスから
最後まで叫ぼう
マルーノ
2年でリーグ戦に出るプレッシャーはえぐいと思うけどここまで踏ん張ってくれてありがとう
来年は2番背負って自分の分まで暴れて欲しい
あとフィットネスでマルーン流れたらニヤニヤすんなよ
住友
1年越しに、あすなろの時胴上げ提案してくれてありがとう
人に厳しく言いつつ接しやすい雰囲気があるのはがあるのはまじで強みだと思う
住友組が楽しみだ絶対見に行く
最後のアイブラックは最高傑作でいく
ぎーた
いつも緑ヶ丘直帰ありがとう
アメリカじゃ声高いチビだったのに気付けばガラガラ声の頼もしいノッポになってて来年のDF引っ張るんよな
応援しています(就活も)
🌮エルマノスたち
とにかく居心地がいい
おそらくTikTokのおすすめ欄は似てるでしょう
退院したらとびっきりうまいの食べにいこう
Ilysm
スタッフへ
笛も吹いたし、データも取ったし普段の練習の大変さを身をもって感じました。そしていかにプレーヤーが充実した練習を送れているか実感しました。いつも本当にありがとう。
TRは自分の足のわがままを言う度に対応してくれてありがとう。再発はしてしまったけど真摯に自分の怪我と向き合ってくれて本当にありがとう。
同期へ
まずは一緒にラクロスができて幸せでした。
あと色々ご迷惑おかけしました。
1-1キープ14本とか1部昇格の夜などなど思い出がいっぱいあります。
充実した4年間をありがとう。
ナス
もう一緒に帰るのも少ないなー
3年の時、壁で幹部の大変さを嘆いていたときちょい心配だったけど
今では立派すぎるくらいの主将だなと思ってます。
主将でよかったに尽きる。最後まじで勝とう

(😉)
以上です。
明日は家庭的な男、人見です。
ご期待ください

