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2年 中山恵介

2年 中山恵介

我らの守護神ゴローから紹介うけました。乳首にテーピングしないと皮がスレちゃう中山です。テーピングじゃなくて絆創膏にしますね笑
文を書くのが本当に苦手なので、お手柔らかにゆっくり読んでいただくと幸いです。



自分は下手。




何度も何度も自分にいい聞かせてきた。下手ならどうする? 練習するしかない。努力するしかない。そんなの知ってるよ。でもなんかやる気ないな〜。なんて何回も思った事がある。 きっとみんなもあるはず。

でもカッコ悪いよな逃げている自分。

去年の10月の練習試合の後、八尾は練習試合毎回のように2、3点入れていた。仲良い八尾だったけどあまりラクロスの話をその当時はしなかったけど、勇気を出して聞いてみた。

「なんでそんな上手いの?」
今では笑っちゃうくらい変なふうに聞いたなって思っている笑

彼は「ん?俺誰よりも練習してっから」

きっと彼はその時のことを覚えていないと思う。けど俺は忘れられないほど心に響いた。


俺もいつかそう聞かれたら言えるようになりたい。やる気なかった自分はこれを言えるようになろう。そう思った。

でも、プロセスだけじゃない。結果を出さなきゃ言っても響かない。

時々、努力ってなんだ?って思う時がある。やってもやってもあまり上手く行かない。努力は報われるっていう言葉はきっと嘘だ。努力は何回も裏切る。嫌になる。だけど何回も何回も信じ続けたら果てしない力があると思う。〔小さい頃にそう自分で決めた〕だからこの四年間努力と付き合ってあげるそう思った。そうすれば絶対結果は出るはず。だけど、たまに分からなくなる。この練習でいいかな?って。でもやっていることが正解かもしれないから、いい方向に向かっていると願って、練習をする。間違えていたらまた最初からやり直すだけ。これがこの1年ちょっとラクロスをして自分で気づいたこと。


これまで2回も大きな挫折を味わった。

怪我。

1回目の足の怪我は同期試合出れなかった。辛かった。でもどうにか立ち直れた。

2回目の怪我は手。流石に萎えた。壁当ても何もかも出来ない。初めての手術もした。正直怖かった。クロスさえ左手で持てなかった。ラクロスを本当に二度と出来ないのかななんて思った。手術はつま恋の時期と被りみんなはつま恋に行ってしまって、寂しい日々を送っていた。

ふとインスタのDMで昌から「頑張れ。君ならどんな困難でも超えられる」って来た。ちょうど手術室行く前だった。泣きそうになった。

絶対治す。治ったら一緒にフィールドで一緒に戦いたい。




夢が叶ったのはBリーグだった。
昌とプレーが出来たことは嬉しいものはあったが、勝たなきゃ素直に喜べない。
自分は出れない人いる中、出していただいてる。でもいつも何もできないまま試合が終わってしまってる。

出れてない人いるのに...

でもあと二戦。まだある。何かやれる。
俺は、タカさん達を一勝も出来ないで、引退させたくない。させない。
そう思うと、すごく球が重くなる。
きっとタカさんは達は優しいからそんな気にしなくていいとか言ってくれると思う。でも絶対に嫌だ。ここからは本当に総力戦だと思う。all box memberだと思う。誰かが、練習サボったり、力を抜くだけでそれは成り立たない。でも青学ラクロス部なら絶対できる。そして昌だけじゃない。色々な人とあと二戦勝って喜びたい。本当に。

試合しないのに応援来てくださる先輩達がいる。一緒に広尾で練習してくれる南さんとか古林さんとか本当に毎日のように来てくださる。遼太郎さんには夜の遅くまで自分の1on1を見ていただいたり、加藤れいさんなんて本当に疲れている日でも、一緒に練習してください。と言ったら、嫌な顔一切しないで一緒に練習してくれる。坂とか翔太とかきっと自分、面倒くさい先輩だなって思われてんだろうなっていつも思う。〔ごめんね笑〕そして色々な話をする。ラクロスがダメだった日でも、調子良かった日でも。
何度も助けてくれた。
本当にいい先輩に恵まれたし、いい後輩に恵まれた。なんと言っても最高の同期。




だからこそリーグ戦に出たい。


リーグ戦のメンバーは固まりつつある。だけど最後の1枠ならきっとあるはず。可能性が1%でもあるなら俺は死ぬ気で狙います。
ラクロスによってもらったならラクロスでお礼したい。それが俺の最大の感謝の仕方。

そしてMGへ
怪我をして気づきました。MGの大変さ。
特にプレーするわけでもなく、ただ俺たちのプレーの為に早く起きて、電車賃賭けて練習場所まで行って重いタンクを運ぶ。怪我の時、辛いだろうなってすごく思った。

ありがとう。

これくらいしか言えないけど許してください。


最後に見ているかわからないけど親へ

正直あんまり日々感謝を述べる子供でもないですが、流石にこれだけは言わせてください。
ラクロスをすると決めた時。それはテニスを捨てる。それがイコールで結べた。テニスではめちゃくちゃお金をかけてしまったから、反対されるかなって思ったけど。逆に背中を押してくれた。「恵介がやりたいことをやりなさい」。今自分はラクロス部にいる。いれるのは本当に親のおかげ。本当にいい親だと思う。

だからこそ何か自慢出来る結果が欲しい。帰省して毎回変わらないお母さんの味噌汁の味とは違って、自分のラクロスは毎回変われるように前を向いてこれからも頑張りたい。



青山学院大学ラクロス部絶対一部昇格します。見ててください。自分も少しでもその力になれるように今から壁当て行ってきます。

それではまた!


次のブログのリスタートは13日です。

次は3年生の長距離担当聖也さんです。笑
よろしくお願いします。