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【ありがとうの反対言葉】 4年 尾崎寧音

【ありがとうの反対言葉】 4年 尾崎寧音

 

実はディズニーにもよみらんにも一緒に行ったことがある蓮沼くんから回ってきました。懐かしいですね。

4年MGの尾崎寧音です!
こう見えて高校2年生からゴールドジムに通っています。最近は、なかやまきんにくんの隣で筋トレしました。


—————
変化、成長、気づき
の繰り返しの4年間だったなと思う。
全部振り返ると振り返り切れないくらい濃くて、濃すぎる4年間でした。
4年目最後のリーグ戦ブログ、なので、いろいろ書きました。
ブログなので、これを読んで下さる誰かに、何かを与えることができたら嬉しいなぁと思いながら、実は開幕戦の前から書き始めております。😶
長すぎるので、時間がある人だけ読んでくれたら嬉しいです🙃




突然ですが、
ありがとうの反対言葉はなんだと思いますか?


簡単そうで、結構難しくないですか?
きっと考えたこともないと思うんです。

4年前の自分なら、きっと見当もつかなかったと思います。

でも、今の自分なら自信を持って、一つ答えることができます。


この質問の答えを、是非このブログを読みながら考えてもらえたら、と思います。


 

それでは!

 

 


「変化」

(♡♡)

男子ラクロス部Eaglesに入部する前の私は、球技部活こそ入っていたものの、西田くんにいまだにいじられるほど、それを論破できないほど、本当にやる気ほぼ0だった。
そこに何の罪悪感も感じてなかったし、大好きな友達がいたから割とそれで満足してた。


ただ、ラクロス部に入部してからその心意気では場違いということに気付き、自分なりにラクロス部と向き合ってきた。
こんなにも体育会に向いてない自分が、早起きして人のために自分ができることを探して努力することは、いまだに自分でも自分がびっくりだし、これまでの私から見たら、興醒めするほどすごいこと。

ただ、ラクロスは個人プレーではなくチームプレー。サークルではなく体育会。
1人の行いが連鎖して、やがてチーム全体にまで影響を及ぼす。それはスタッフも然り。


自分には似合わない「規律」が充満しているこの環境で、さて自分はどう変われば順応できるのだろうか。マイノリティなりにどう努力したらいいのか。そんなことを考えていた矢先に任命された備品という仕事。
自分の中でこの仕事は、正直きついことばかりで、こんな自分に務まるのか、こんな自分がやっていい仕事なのか、日々葛藤してた。たくさん泣いた。

それでも、自分がミスなくこなさないと練習すらできないという重い重い責任が、いつしか自分のやりがいとなっていった。


備品の仕事を通して得ることができた先見能力、柔軟性、メンタル、後輩や先輩とのコミュニケーションの場 

めちゃくちゃ時間をかけてリストを考えたのに結局練習がなくなってしまったこと、練習が終わっても自分の仕事はまだこれからという多少の孤独感、備品が来なかった時の異様な焦り・恐ろしさ、疲れた中重い備品を持たせなければいけない立場の重圧・責任


それらを天秤にかけた時、前者が圧倒的に勝つほど、備品という仕事をなんだかんだ楽しんでいた自分がいた。
部活なあなあ人間の私が、少しずつ変わっていく瞬間だった。


2年の時のブログでも書いたけど、私が備品の仕事で意識していたこと。
それはプレイヤーに感謝を伝えるということ。
プレイヤーのための備品だから、彼らがその備品を管理する
それはそう、だとしても、
毎練習後備品を持たせてしまうということに対して私は素直にごめんとありがとうを感じていたし、
受け渡しの時は、欠かさず感謝の言葉を忘れないよう努力してた。
彼らに助けられた備品人生だったと思う。




そして3年生、本当に何もしてないくせになぜか半月板が損傷していて、足の手術をしてから私は多方面に迷惑をかけることとなった。医者から1年間走ってはいけないと言われた時、プレイヤーの気持ちが痛いほどわかった。

(手術する前の私の膝の写真。どこからか生まれた出っ張りにいじめられていました。ちなみに私のインスタグラムのアイコンです)



何より一番きつかったのは、痛みが目に見えないこと。
臨機応変な対応、練習に応じたテキパキとした行動が求められるスタッフ業、にもかかわらず、
足が痛くて座ってしまうことは増えたし、
審判やグラウンドを移動してる時、人より素早く動けない
周りからはどう見えてるのかなと不安になった。し悔しかった。


一年たった今でも正直、異常に足が痛む時は結構ある。前より走れるようになったものの、走ること、しゃがむことに今でも恐怖を感じてしまう自分がいる。

それでもこの1年間は自分にも他人にも弱音は吐かないと心に決めて頑張ってきた。それが自分なりの自分への覚悟だった。

痛くてビデオに徹させてください
とMGグルで送るところまでいったこともあった。それでも、自分の弱さを克服するために、「痛い」という弱音は自分の中だけに収めるようにした。
それでも私の動きが悪いと思われたこともあったと思うし、それは仕方のないことだと思う。
それでも個人的には、向上精神のない自分なりによく頑張ったのではないか、と少し褒めたいと思う。



そして23シーズンは自分にとって試練の連続だった。
自分の脳に海綿血管腫というものが見つかり、今後も定期検診を余儀なくされたり、
自分にとって最愛のものを失ったり、
そこに就活が重なったりと、
鬱になりかけた瞬間がいくつもあった。
私自身も「変化」の多い1年だった。

その度、
時間は有限だから、1日1日を大切に生きていかなければならないと思ったし、
その大半を過ごすラクロス部での時間をより意味のあるものにしていかなければならないと自分に刻んだ。


総じて、私のこれまでの努力は蚊ほどであると理解してるし、もっと頑張れた瞬間もあるし、まだまだ足りてないとわかっている。
それでも、自分を取り巻く環境を言い訳にはせず、自分なりに精一杯努力してきたことは、過去の自分には誇れることだと思っている。



そして、これらの変化を通して私は、四年前と比べてきっと”成長”できているのだと思う。


「成長」

(顎が被弾した夜練。隣には足が被弾した人と突き指した人)



まず第一に、メンタルはだいぶ鍛えられた。
もともと人よりも強いメンタルを持ってることが売りだったが、そんな私でもさすがにズタボロになるくらい、悲しくて、辛くて、傷ついたことがこの4年間、この部活を通して何度もあった。
自分のミスで泣いたこと、悔しくて泣いたこと、どうして私なんだろうと泣いたこと、心無い言葉を受けて心がたくさん泣いたこと。

自分自身を責めたこともあるし、同期や人間関係、MGの仕事など、ひたすらに悩んで、誰かと一緒に泣いたこともあった。泣きついたこともあった。
それでもその涙の数だけ、その涙をバネにして強くなったし、「諦めるな、喰らいつけ」と自分に言い聞かせて、ひたすらに現実と向き合い続けた。
今思えば、その一つ一つが今の自分を形成し、大きく成長することができた大事な要素だったんだろうなと思い、感謝してる。



そしてもう一つ。
MGユニットとしての仕事は、自分自身を一回りも二回りも成長させてくれた。
元はと言えば、意志強くなりたかったわけではなかったユニット。

4年間を通して、悩まなかった瞬間はなかったのでは?と思うほど、様々なことに悩まされ、落ち込むことが多かったユニット。


タイム、ビデオ、審判、組織運営
グラウンドでも、グラウンド外でも求められ続ける唯一のユニットだと私は思う。

専門職ではないからこそ、全ての仕事をそれぞれ同じ熱量とレベルでこなさなければいけない。そして、一人一人の連携がとても大切な要素になる。

特にタイムとビデオは、ある程度できるようになってしまったら、そこから具体的にどう向上させていけばいいのか、そのマニュアルがないからこそ、変化が難しいユニットだと私は思う。
だからこそ、目標や理念を掲げることが難しいにも関わらず、他ユニットより多方面から意見をもらうことが多いから、常に改善改良が求められる非常に難しいユニット。


でもそれは、それほどMGというユニットが必要とされ、価値があり、練習に必要不可欠である、ということの裏返しだと思うし、それは本当にありがたいことだなと思う。


(1年生✨若い①)

そして私は思う。MGで良かったなと。
自分が練習を回しているんだ、という圧倒的な責任感
ビデオや審判、グラメなど常に練習の質に直結する仕事が多い、という緊張感
一人一人の力がないと仕事が回らない、というやりがい
日を追うごとに、年次が上がるごとに、知識が増えていきラクロスというスポーツがより魅力的に見えてくる、高揚感


苦手だった実況を誰よりも上手くなるために、毎日のように先輩の動画を見て勉強してた一年生
ほぼ毎日のようにルールブックを読んで、審判勉強を必死にやってた二年生
同期で1番早く上級試合を走って、その時に味わった緊張感と、同時に初めてファウルを取ることができた爽快感が忘れられなくて、実は走ることが嫌いではなかった三年生


そして、最上級生になった今年は、
自分のMG人生のラストイヤーであり集大成。
だからこそ、四年生としての「役割」を日々考えさせられた。


言語化が難しいのだけど、なんだろう、
一つ一つの判断に「意味を持たせる」といったニュアンスが近いかもしれない。

タイムだったら、プレイヤーの雰囲気を見てレストの調整を提案したり、プレイヤーとこまめに連携をとり一分一秒でも多く練習ができるようにタイスケを調整したり、
プレイヤーに合わせる部分は合わせて、
でも、雰囲気が緩んでいたら強く声がけをしてみたり、
4年生だからこそできることをできるだけやってみた。

タイムじゃなかったら、誰よりも早く完徹の準備を進めたり、その日にできるだけ審判とビデオ両方をできるように、空いている仕事に目を光らせてみたりした。

フェイスだったら、毎回毎回違う笛ができるようにかなり意識した。(それでも同じだったらごめんなさい🥲

審判だったら、ポジショニングを意識して、プレイヤーと常に一緒に動くこと、できるだけ近くに寄ること、オンボールだけでなくオフボールにも気を配ること。チェイスやラストタッチ、ファール/ノーファールは大きく発信し、たとえ不安だったとしても、自分が下すジャッジに自信を持ち、それに対して指摘されたとしても、自分なりの意図があったとしたら伝えたし、自分のミスだったら謝った。

最上級生として一年練に積極的に入り、自分が持っている知識を還元したり、アドバイスだけでなく、一緒に頑張っていこう!とたくさん伝えた。



毎年毎年、自分の中での当たり前の基準が少しずつレベルアップしたり、
できることが増えていったりするたび、
MGの仕事が自分の中で好きになっていくのが自覚できるようになってた。

そして、
できるだけ多くのことを同時にやりたい、色んなことをできるようになりたい
という私の性格に異常なほどマッチしているMGという仕事は、私にピッタリだったんだな、と実感した。
そしてそう思うことができるようになったのは、自分自身の成長だと強く思う。



これらの成長を通して、多くの気づきがあった。その中の一つ。


「気づき」


(私が母だった時。若い②)



私にとっての「スタッフ」

スタッフはサポートをするのが仕事
だとずっと思ってた。

プレイヤーがその日その時、最大限の練習ができるように、全力で練習環境を整える 
練習の効率性を高めるために一人一人が自分にできることを探しながら全力で動いてる
それが”サポート”ということだと思ったし、それがスタッフの仕事だとずっと思ってた。


でもこの4年間、男子ラクロス部のスタッフとして生きてきて、スタッフの魅力はそれだけではない、ということに気づいた。

スタッフはプレーをするわけではないから、目に見えた成果を上げることが難しい。
みんな自分にできることはなんだろうと見つめあって全員が努力しているのに、その一つ一つの努力を見てあげることが本当に難しい。

その一つ一つに気づいてくれている人はいるのかな、って不安になるし、知って欲しいな知ってくれたら嬉しいなと思う。
じゃないと、自分がやっていることに本当に意味はあるのか
ちゃんと貢献できているのか、わからなくなってしまうから。


はるかさんが引退の際にかけてくださった言葉がずっと心に残ってる。
試合が始まったらわたしたちスタッフができることは声を出し応援することしかほぼない。ただひたすら近くで祈ってあげることしかできない。

その通りだと思った。結局、プレーをするのはプレイヤーな訳だから、その原理も仕方のないことだと思った。


確かに私たちスタッフは、勝利という2文字を直接掴むことはできないかもしれない
0を100にするのはプレイヤーの役目。
けど、
私たちスタッフは日頃の練習、試合中において
0を1、マイナスをプラス、10を20にすることはできるのではないかと思った。

(綾音とゆいと派手派手にしよう!と決めた日。緑髪でした🐸)



つまり、「架け橋」

その仮説を自信に変えるために私は、
これまで以上に周りのスタッフはなにをやっているんだろう、と俯瞰する時間を増やすことにした。

グラウンド全体を見渡すと、
メニューが始まる前に事前にパスメのコーンを置き始める人たち
しれっと遠いところまでボールアップしてくれている人たち
ビデオ撮ってたらはるばる氷を持って来てくれる人たち
…ちょっと意識して周りを見渡すだけで、一人一人の努力を見ることができた。



それで気づくことができた。
スタッフという仕事は、サポートをするだけではなく、
プレイヤーを輝かせることができる仕事
なんだなと。

私たちが日々練習中、練習外でやっていることに何一つ無駄はない。🟰29人全員の力が必要ということ。
黄色や緑がないと青がないように、
それぞれがやっていることにしっかり意味があるということ。
もなさんの”一人一人の役割”のお話はこういうことだと思う。


グラウンドを取ってくれる人がいないと、そもそも練習する環境が整わない。
備品を組んでくれる人がいないと、練習するための道具がこない。
申請を出してくれる人がいないと、練習することすらできない。

目に見えないけど大きな大きな努力があるからこそ、「練習」は実現するんだなと思う。
それらが当たり前のこと化しているからこそ忘れていたけど、これらの行動は全て、プレイヤーが最高の状態で練習することができるように、とやっていることなんだよなと思うと、すんごいことだ!って思う。し、それを全員に知って欲しいなと思う。

(大好きな写真。本当に嬉しそう)


スタッフは常に黒子で、自分自身がスポットライトに直接あたることはない。
でも自分たちがプレイヤーたちのスポットライトになることができる特別な仕事。

いくら設備や演技が素晴らしくても、照明がないとそれらを照らすことができない。
地味だしあんまりその凄さに気づかないかもしれないけれど、
ステージにとって、そのステージを最高のものにするために、とても大切なピース…私たちスタッフはそれに近い存在なのではないかと思った。



29人って結構多い。
だから自分にしかできないことを探すことは割と結構難しい。

この1年間、部全体でもスタッフ組織でも、「自分にしかできないこと」をひたすら問われ、問い続けてきた気がする。

でも実は、今でもそれを明確には見つけられてない。


現在進行形で赤髪の私が言うのは説得力がないかもしれませんが、これでも私は、自分が輝いたり、ほめられたり、慕われたりすることに慣れてません。

それが嫌だというわけではもちろんないし、そういう人になれたら素敵だなと思うけど、私は自分が主人公よりも、ドラマの中で、いらないようで実はめちゃくちゃ重要な役を演じてる人になりたいと思ってたりする。(前のブログにも書きましたね

(私のロールモデル、ウソップ氏)

だから私は練習中、誰も知らないであろう、きっと多くの人が見てないであろう、地味な作業をちまちまやってみることにした。それが自分にしかできないことなのかはさておき、、、

地味に、時間がある時備品を整理したり
地味に、練習後誰よりも早くボールを数え始めてみたり
地味に、練習中ツルボ判定をしてみたり
地味に、グラメのホワイトを張り替えたり

めちゃくちゃ小さなことを地味に続けてみた一年間だった。
10人いたら1人気づくか気づかないかのギリギリのライン
それでも、小さな石を毎日少しずつ積み上げたら、割と多くの人が気づいてくれるような山になると信じてたし、これが私らしいな、と個人的には満足してる。


少しでも、完徹が早まったり、
少しでも、ボールアップの時間を少なくできてたり、
少しでも、プレイヤーがツルボを見つけて捨てる時間が少なくなるように、
少しでも、線がASにとってみやすくなったり、
プレイヤーがホワイトで躓くことがないように、

そんなことを願いながら練習してた。
だから誰か1人でも何か気づいてくれてたら嬉しいな、と思います😶


(若すぎるね③)


この4年間、私にとっては長い4年間だった。
それほど一つ一つに思い出やその時の感情が詰まってて、きっと何年経っても忘れないし、自分の中でめちゃくちゃ濃い思い出として残っていくんだな、と思う。


この4年間、ぶっちゃけると、辞めたい、辞めようとした瞬間はたくさんある。

でもその度、なんだかんだ部活を続けることを選べたのは、
紛れもなく私自身の寝たら割と忘れる精神とポジティブマインドのおかげもあるけど、

最弱の世代だと言われ続けてきた34期の勝利を、
スマホからではなく、
グラウンドで、部員として見届けたかったからだと思う。

変な人たちばかりだし、
😧😦って思うこともたくさんあるけど、
それでも私はなんだかんだ、4年間、彼らなりに努力を継続してきたこと、やりにくいときも現実から目を背けることなく必死に食らいついてきたこと、そして、しっかり決めてほしいときに決めてくれることも、なんだかんだ知ってるから、
私は34期のスタッフの1人として、彼らを応援したい。
だから部活を辞めることはなかったし、今も部活を続けてきてよかったな、と思います。




そしてもう一つ、「仲間」の存在。
ここは私にとってめちゃくちゃ大きかった。

朝早くて吐きそうだし、
歳を増すごとに朝起きるの辛くなるし、
疲労度はやばいし、
異常な量の雨を体感するし、
もっと遊びたいし!

マイナスな感情はたくさんあるけど、それでもそれを背負ってるのは自分だけではなく、部員全員なんだなって思うたび、大分救われた。

ただでさえきついのに、きつい練習後、すぐにその日の自主練の参加者リストに名前を繋げているプレイヤーを見て、この人たち本当にすごいんだな、って思うし、私も頑張らなきゃな、と奮起できた。

マイナスなことも含めて、色んなことを共有できて、尊敬し合える仲間がそばにいるって幸せだなってめちゃくちゃ思う。

(たくさん車に乗ってくれた人ありがとう)

もしラクロス部に入部してなかったら、この人たちに出会うことはなかったのかもしれない、この人たちと同じ思い出や感情を共有することはなかったのかもしれないと思うと、ちょっと寒気がする。

ラクロス部に入ってなかったら、それはそれでその分出会うことができた人たちはたくさんいたと思う。
声がデカくて雷が異常に嫌いな人も、顎がでかくて口が小さい人も、黒くて歯が歩いてる人も、もしかしたらいたかもしれない。



それでもやっぱり、部活って、体育会っていいな、唯一無二だな、とこの4年間で感じることができた。


4年間、先輩も後輩も同期も含めて出会えた人たちは何人いるのだろう。
週5日、家族よりも会う人たちがたくさんいる環境って普通じゃないし、同じ目標に向かって一人一人ができることを全包囲から探して、精一杯努力していることって相当すごいことだと思う。
それは、体育会でしかできないことだし、それをラクロスというスポーツを通して得ることができたのは、自分の大きな財産だと確信しています。


私が一年生だった頃のゆりなさんたちみたいな四年生に今、自分がなれているのか不安だし、後輩たちに私たちがどう映ってるのかわからない。
でも、かわいい1年スタッフたちに”尊敬している先輩”に選んでもらえたことは本当にめちゃくちゃ嬉しかったし、
自分が辞めた後も、「ねねさんっていう先輩がね〜」ってプラスの意味でみんなの記憶の中に薄っすら生きていれたら、
それは私がこの4年間、私なりに頑張ってきた証になる。そうなれたら嬉しいなと思います。





ありがとうの反対は、「当たり前」
この部活を通して見つけることができた答え。

当たり前ではないことに、人は感謝をする。
でも本当は、当たり前のことなんて何一つない。

当たり前のことのように見えてるのは、
何も言わずに誰かが陰で努力しているからなだけ。
何も言わずに誰かが誰かの犠牲になっていたりするだけ。
何も言わずに誰かがいつもより一歩踏み出しているからなだけ。

プレイヤーにとっての壁当てや自主練、
スタッフにとっての組織運営やmtg、試行錯誤を重ねた上での改良点などが正にそうで、目に見えてる部分だけが全てではない。

その一つ一つに気づくことは難しくても、たまに立ち止まって周りを見渡して、そのたくさんの努力の一つや二つを見つけることはできるはず。

だからこそお互いに”干渉”し合うことはとても大事で、でもそこで、よく相手のことも知らずに勝手に判断したり、ただ要望だけを伝えるようではいい組織とはいえない。
たまにはしっかり目を見て話し合ったり、感謝し合うことがとても大切。



私は特にこの一年、当たり前のようで当たり前ではない数多くの努力を、できる限り目に刻んできたつもりだし、
気になったことに対しては聞いてみたり、色々な方面から物事を見るように心がけた。だからこそ一人一人にリスペクトができるようになった。
これを直接的に誰かに還元できていないとしても、これが「自分にしかできないこと」であるのであれば、嬉しいなと思う。


そして、これから新しいEaglesをまた創り上げていく後輩たちには、
当たり前になる前の努力をきづいて、見て、感謝を伝えてあげてほしいし、お互いにリスペクトを絶やさない組織を作っていってほしいな、と心から思います。
先輩たちが創り上げてきてくださったeaglesという組織がこれからも、より良いものとなっていくように、そして一部校を名乗る上でふさわしい組織になれると思うからこそ、紡いでいってほしいなと思います。




最後に、
私が伝えたいこと

「結果より過程が大事」
「失敗は挑戦した証」
この二つの言葉が私は好きで、
何かに挑戦してみるときも、
留学してたときも、
就活してたときも、
どんなときもこの言葉を胸に刻むことで、失敗を恐れずチャレンジすることができたし、
たとえうまくいかなかったとしても、結果だけではなく、それまでの過程で何を得ることができたのか、それを通して自分はどう変わることができたのか分析して、
そうやって失敗を自分の味方につけてきた。

でも、ラクロス部に入って、この二つの言葉が通用しないのがスポーツであり、体育会なのだということを痛いほど身に染みて実感した。





チャンスは一度だけ
4Qの1時間のために、1年間の全てをかける

(飛びすぎ)

スポーツの世界は、結果が全て
負けては何も残らない

「いやいやそんなことないでしょ、負けてもこれまで努力してきたことは無駄ではないはず」

と去年までは思ってた。

でも、それはただ現実から目を背けて、逃げるための言い訳であって、
現実はやはり、結果が全てである
と最上級生になって噛み締めた。


ただ勝利だけを夢見て、自分を信じて、日々努力して、
スタッフはいかに彼らをサポートできるか全力で考えて実行して、
それでも勝利の女神が微笑むかどうかは1/2の確率というシビアな世界
同じように努力してる人たちがハーフの向こう側にいて、
その努力が1日でも多い方が勝つ

そんな世界を4年間目の当たりにして、
なんて厳しい世界なんだと思ったし
1年間プレイヤーの努力や葛藤、成長をこれでもかというほど近くで見てきたらこそ、
なんでなんだ
と悔しくて悔しくてたまらなくなる

だからこそ、勝者だけが味わうことができる”勝利”の重みは計り知れないし
その時こそ、本当に「努力が報われる瞬間」なんだと思う

これまで「勝ち」という2文字に全くといって貪欲に生きたことのなかった私にとって、
体育会の現実はあまりにも厳しく、一発勝負の世界に慣れない時間の方が多かったように感じる


それでも、そんな私がこの世界に踏み入れたことに悔いを感じていないのは
23シーズンのEaglesが本当に”すごい”組織であると、部員として実感できているからだと思う。

普段はヘラヘラしてる人たちが
集合時間になった瞬間、まるで人が変わったような顔つきになる
そういうオンオフがはっきりできるプレイヤーたちを見て、これが「けじめ」なんだと思った。

練習中は、先輩後輩関係なく、声を掛け合う。
〇〇ナイス、〇〇グッドといったプラスの声や、
もっとこうした方が良かったんじゃない?という指摘の声など

後輩という立場で先輩に指摘をしたり
先輩という立場で後輩たちにどう自分たちを見せるかを考えたり
プレイヤーがスタッフに対して干渉したり

色々な「声」をたくさん聞くことができた1年間だったと思うし、それがチーム全体としてできるということが23シーズンの大きな強みだと私は思う。

他にも、怪我人が一年練に入ってコーチとして知識や技術を還元したり
オフなのに一年練に行って教えたり
そうやって、自分自身のためだけでなく、後輩や先輩、同期を思いやり、全員がチームのために動いているということは、きっととんでもないことだと思うし、
そんな環境を作る立場として彼らを支えることができたのは、とてもラッキーなことだと思う。



しんちゃん率いる浜野組は、
この4年間で1番「みんなで戦っているチーム」だと断言できる。

後輩たちのブログで、「四年生が作ってくれた雰囲気が大好き」という言葉をよく目にしました。めちゃくちゃ嬉しかったです。

練習中における学年の垣根を超えた声の掛け合いだけでなく、
今年度からの罰ラン制度や、組織幹部との話し合いなど、
そういう組織面においても「干渉」と「一体感」を感じることができた23シーズン。

少し強い言葉でいうと、一人ひとりに「責任」を持たせて、

でもただ持たせるだけでなく、
組織幹部を筆頭に全員がそれを「背負う」。

そうすることで、自然と組織力が上がっていく。
文字通りの一体感とはまさにこういうことだと思う。

そしてその組織力は特に、試合中に大きく形として表れる。



「応援」

私は、あのみんなで声を枯らしながら応援歌を歌っている時がめちゃくちゃ好きです。

ボックスにいなくても、選手たちと一緒に戦っているんだ、と実感できるし、
自分たちもこのチームの一員なんだと、自覚できる。
だからこそ、ショットが入った時はいつも以上に感動するし、
その場にいる一人一人で掴み取った勝利であると、強く実感できるから。

まさにこれこそ、「All box member」ですね✨



さっき、スポーツの世界は結果が全て
と言いましたが、少し訂正します。

結果が負けという形で終わってしまったとしても、
それが何においても無意味、ということでは絶対にないとスタッフ人生を振り返って私は思う。

負けてしまったとしても、その試合の中で見ることができた神ショット、神セーブ、神アシスト、神ディフェンス
神シーンを見るたびに盛り上がる応援席

その度に実感するAll box member という文字

そこから得た感動、ドキドキ、悔しさ

それらは、試合を見ていた人たち全員に、確実に届いてる。
そしてその錯綜する様々な感情が誰かの心を動かし、それが連鎖していく。

そうやって、感動や悔しさは引き継がれて、後輩たちはそれを背負いながら次の試合に向けて努力を重ねていくのが、スポーツの素晴らしいところなのだと思う。だからこそ、一つ一つのプレーに”重み”を感じることができる。

サマー後に見た、一年生一人一人の悔しそうな顔。あれはたぶん一生忘れないと思う。
でも同時に、
ああこの子達は、この悔しさをバネにもっともっと成長して、強くなるんだろうな
と思うと、より一層心から応援したくなったし、その未来が楽しみだな、と思った。
(達也さん、じゅんぺーのブログを引用すると、
これが”成長期”なのかな?)


そして、その悔しさを少しでも少なくするために、スタッフとしてもっと彼らを輝かせてあげたい、と思った。

だから、負けという結果は、無駄でも無意味でもなく、
周囲に「希望」を与えてくれる、組織において大事な要素なのだということを、伝えたいです。
なんか私なんかがこんなことを言って生意気と思われそうですが、体育会に全力で向いていない私が、4年間を通して気づくことができたスポーツの魅力なので許してください。



それでも、やっぱり勝ちたい。
こんなに心から強く勝ちたい、と思うのはこの4年間で初めてかもしれない。


横国戦。
ビハインドで始まった試合の雰囲気を大きく変えた主将の1得点目。
続くOFリーダーのこうきや、副将のこうたくんの神ショット、大樹のチェックや、早野のグッセ、
私がずっとずっと見たかった景色がそこには広がっていた。
最後の大事な得点を澤井が決めたときは、本当に自然に、めちゃくちゃに自然に涙が流れた。


そして成蹊戦。
因縁の相手。青学にとっての大一番。
きっと22日の夜は眠れなかった人も多いんだろうな。

1Qが始まった瞬間、またもや澤井くんによる先制点が決まった時は、そばにいる人たちとがむしゃらにハイタッチをした。
かんたのショット嬉しかったなあ。

いつも雨予報の日は、試合が終わる頃に雨が止んでなんで今や、と思うことが多いけど、
今回は、試合が始まった瞬間雨は止んでた。


2023/9/23の成蹊戦は、きっと一生忘れることはないと思う。
組織力の強さ、その完成形を見ることができたから。
選手たちの努力の結晶である技術力や、執念や覚悟といった想いだけでなく、
これまでの約9ヶ月で培ってきた”組織の力”が、6-3といった輝かしい結果に繋がったのだと思う。

そうちゃんが同期DFに大きな声でプラスな声をかけ続け、それに早野たちが答えていたとき、
4年間の全てがフラッシュバックし、
4年間どんな時も共に戦ってきたんだよな、と振り返ったら、自然に涙が出た。


「一体感」の凄まじい試合だった。


最後まで自分たちを信じて、
応援をしている部員たちは選手たちを信じ続けて、
決して諦めずに、泥臭く戦うことの価値をこの目で見ることができた。

後半戦に弱い青学が、
“最後の1秒まで士気を上げ続けることができる青学”
に生まれ変わった瞬間を見ることができた。

一人一人があの試合に賭けていた想いを、コートの外からでも十分に感じることができた。

“全員”で勝ち取った結果、勝利、笑顔だった。


(この笑顔のために)



(この瞬間のために)


久しぶりに嬉し泣きした。

組織力で勝った。

全力で勝つ、勝ちたい とどこからか聞こえてくるような感じだった。

何より34期の覚悟が伝わってきた。
期待されてこなかった私たちの代の輝かしすぎる勝利をようやく見ることができて、幸せだった。


あの瞬間に、
ああ、Eaglesの部員で本当によかった。このチームがこの一年を通して大きく成長した、その姿をリーグ戦という場で、部員として見ることができて本当に良かった。
と、心から思った。



一発勝負の世界
言い換えれば、その一瞬に全員が全身全霊で賭けているということ。
ただ勝利という2文字を追い求めて、
その日のために全員が最大限の準備をし、
試合が始まったら、
全員が笛の音に息を呑み、恐れ、そして歓喜する
勝ちか負け
正反対の答えがあるからこそ、スポーツは面白いし、
前者を勝ち取るために、全員が命をかけてる。

それって本当にすごいことだし、
それを隣で見守るだけでなく、一緒に高め合うことができる組織に所属できたこと、
同じ想いを背負い、感じ、ぶつけることができたこと、
4年間という長い期間、人生の夏休みである大学生活をそこに捧げることができたのは、
私の一生の宝であり、
きっと何年か経って今を振り返ったとしても、
あの時ほどキラキラしてたことはなかったな
と思うのだろうな、と思うと、
幸せなことだなと思います。


(夜練→兆楽ムーブももうできなくなるね涙)



限度を超えてる暑さの中、暑い暑いいいながら練習することも、
車でマック食べながら帰ることも、
ビーリアルの通知が来た瞬間騒ぐことも、
もうあと少しで終わってしまうんだなと思うと、急に悲しくなります。

だから、
例え今4年前の春に戻れたとしても、
きっとなんだかんだ自分は男子ラクロス部を選ぶだろうし、
大変なことだらけのMGだけど、きっとまたMGを選ぶだろうなと思う。


それは、
この4年間が私にとって文字通り”かけがえのない”ものだったから。

過去の自分に誇れるくらい自分が大きく変化し、成長することができたから。

朝5時でも遅!って思えるようになったから。

学生生活最後に、学生にしかできないキラキラな毎日を送ることができたから。

スポーツっていいなと本気で思うことができたから。

心の底から悔しい、と思うことができたから。

辛さや悔しさと引き換えに、大切なモノを学び、得ることができたから。

何者にも変えられないくらいの大切な友達、仲間に出逢うことができたから。

一人一人の努力を知り、一つ一つに感謝ができるようになったから。

YouTube配信で、他大の試合を自然に見たい!と思うほど、ラクロスが好きになれたから。

色々、本当に色々あったけど、
なんだかんだ本当に楽しい4年間だったから。

 



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それではここからは、お決まりの感謝を述べるコーナー💌 

まずは、
大好きな後輩MGちゃん7人
(一人一人にはまた後日個別に伝えます🫶🏿🙇‍♀️)
みんなは今MGという仕事がどのくらい好きかな?私たちなりの悩みや葛藤がたくさんあるよね。でも、MGにしかない、MGでしか味わうことができない想いや景色があるから、それをあと残りのMG人生で経験して、もっともっと仕事を好きになっていってほしいな、と先輩としては願っています。
これから先、辛いことも悩みも悔しいこともたくさんあると思う。そんな時に必要なのが同じユニットの仲間だし、何よりも溜め込まないこと、自分を責めないこと。みんなでたくさん悩んで話し合って、ミスをしたら自責や他責にするだけでなく、しっかり向き合って、次に繋げること!失敗してもミスしても負けずに、それを力にすること!それが間違ってたと自分で気づけたら失敗してもいいんだからね!そしてたまには私たち先輩を頼ること!
人や他ユニットと比べず、自分のペースで、自分らしく!!だよ🩷7人を後輩に持てて、私は本当に幸せな先輩でした。これまで私たち4人についてきてくれて、助けてくれて、本当にありがとう。

かな、ひな、よしの
まずは、ありがとう。
そして、ごめんね。
一年生の頃から色々なことを経験して、悔しい思いもたくさんしてきたよね。どうやったら改善できるんだろう、どうしたらより良くできるんだろう、何が良くないんだろう、
ひたすらに考え続けてきた4年間だったなと思う。今でも悩むことはたくさん。それでも私は、これを3人と一緒に共有することができてよかったし、3人と一緒に大きく成長できたことは私の誇りです。
たくさん迷惑かけたし、力になれなかったこともあると思うけど、頑張ってるのは1人ではないと思えたから、ここまで頑張って来れました。本当にありがとう。3人の努力は、私が誰よりも知っています。みんな強い!よしの、ひな、リーダー本当にお疲れ様。かなは主務本当によく頑張った。あと少し支え合おう🤏🏿私は34期のMGが最強だと思ってます❤️‍🔥

まさくん、かんた、人見、こた、つよし
なんだかんだきっと私がいなくなった部活静かだなー寂しいなーって思ってくれると信じて。
個人的にたくさん話しかけた大好きな後輩たち😦部活中、プライベート含め仲良くしてくれてありがとう!めっちゃ出会えてよかった!引退の時泣いてくれるのを期待してます。

澤井
大物になったら連絡待ってる!(応援してる)
あとは、🍣よろしく

そしてそして、Gのみんなへ
部活の中で誰よりも一緒に時間を過ごした人たち。
どんな時も、私に寄り添いながら話を聞いてくれて、どんな時も、私の味方でいてくれて本当にありがとう。
みんながいたから部活を頑張ることができたし、みんなに出会えたから、部活に入って本当に良かったと、四年前の自分の決断を褒め称えたいです。自分は前世でとんでもなくいいことを成し遂げたんだろうな…そのくらい毎日毎日が幸せでした!
みんなの顔を見ることが当たり前で、みんなと一緒に笑えるのが当たり前だったから、それがこれからどんどん減っていくと思うと、今にも泣きそうです。きっとみんなが思ってる以上に私はみんなのことが大好きなので、これからも末長くよろしくお願いいたします。🩷

最後に、家族へ
4年間本当にありがとうございました。
これまで部活に対してなあなあだった私が、4年間しっかりやり遂げられたのは、紛れもなく3人のおかげだと思っています。そして、ラクロス部に入部したその決断は決して間違ってなかったと断言できます。本当にお世話になりました!



これまで4年間私を支えてくれた人たち
わたしの周りにいてくれた人たち
先輩も、後輩も、同期も、
その時その時の状況や決断があったからこそ、一緒に色々なことを乗り越えてきたからこそ、今の絆があると思います
本当にありがとうございます

4年前、Eaglesに入る決断をしたあの時の自分
本当に、本当に、ナイス ありがとう

Eagles部員としての残りの数十日
全てのことが数珠繋ぎだからこそ、まだ自分にできることは絶対にあるはず。
全てに感謝を忘れず、最後まで全力で、駆け抜けます




最後まで読んでいただき、ありがとうございました!





次は、1年MGと部内の噂が大好きな、ありがとうマウントを取ってくる内田くん、だと思っていたら、
怠惰がキャッチコピーの小村杏実氏になりました。1週間分の傑作が読めることでしょう。ワクワク


4年MG 尾崎寧音